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祖母が亡くなりました2018.06.17 Sunday
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4月末頃、91歳の祖母が末期癌である事が判明しました。
5月末に老人ホームから近くの病院へ入院することになり、
ゴールデンウィークに会った時は、まだ少しだけ名前を呼んでくれたり、微笑む事が出来ました。
6月に入ってから容体があまり良くないと母から連絡を受けており、
土曜日午前の仕事と友人の用事を済ませ、娘と2人岩手へ。
病院のベッドに横たわる祖母の姿は
1ヶ月前に会った時よりもひどく痩せており、
そして手足が浮腫んで冷えていました。
私の名を呼ぼうとしても、息が漏れるだけでもう声にもなっていませんでした。
その日の夜は実家に泊まり、
翌朝5時に病室に泊まりこんでいた母からの電話で目を覚ました。
6時頃病院へ到着すると、ひどく呼吸が荒くなり、酸素マスクをつけていました。
肺に血が溜まった事で息をするのが苦しくなった様です。
今までは痛みがあると座薬や麻薬パッチをする事でほぼ1日眠る事が出来たのですが、
今日は5時に苦しみ出し、肺にたまった血を吸引して少し楽になったものの、
7時頃にまた痛みが出始め、再度座薬。
指に酸素濃度を測る機械をつけていたのですが、測定不能になることがあり、
なかなか酸素が身体に行き渡らなくなった状態でした。
呼吸が荒かったものの、少し楽になったようなので
8:30頃一旦家に帰ることに。
友人に頼まれたものを市内に持っていこうと10:00頃家を出た車の中で、
母から電話がかかって来たのが10:04。
「おばあちゃんの息が止まった」
そう言われ急いで引き返して病院へ向かい、
病室から出て来た医師とすれ違ったのが10:10。
死亡が確認された祖母の目は開いたまま、
口からは少し血が流れたあとがありました。
まだ身体は温かく、とても死んだようには見えず、
葬儀屋の方が来て話している時も、
少し動いたのではと感じてしまうくらい、
そこにはまだ魂が宿っていたように見えました。
まさかこんなに早くとは思ってもみませんでした。
共働きの両親のかわりに、私と弟を育ててくれた祖母。
私が生まれてからいつも側には祖母がいて、
私が里帰り出産した時も、
祖母は隣にいました。
決して楽な最期ではなかったけれど、
最期の日に手を握り、側にいてあげる事が出来て良かった…。
本当は日曜日の今日帰る予定でしたが、
このまま残り、葬儀の日までいることにしました。
祖母は私のことを最後まで考えていたかのように天国に行きました。
土日の用事や平日の仕事の調整等、
実はちょうどこの一週間が私にとってとても休みやすい時だったのです。
もし葬儀が来週だったら、仕事関係で多くの人に迷惑がかかるところ、
とても最小限に済んだ日程でした。
本当に、最後まで思いやりがあり、優しいおばあちゃんでした。
ありがとう。
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